秘密諜報員ベートーヴェン

 ぷらっと入った近所のブックオフで見かけて即購入したもの。
いや、あまりのぶっ飛んだタイトルですしね。
てっきりトンデモ本なんじゃないかと多少期待(?)してのものでした(笑)

 いわゆる「不滅の恋人」へのラブレターとされる3通の手紙に対する新たな解釈を提示するものなんです。ラブレター自体については恥ずかしながらどのようなものなのか詳細には知りませんでした。この手紙に基づく映画もありましたが、ちょうど忙しい時期だったので、気になりつつも観れずじまいでした。

 この本ではその実物が掲載されていました。そして、恋文としてはおかしな部分が何箇所かあると指摘されています。たとえば、なんでいきなりエステルハージが出てくるねん!など。また、手紙が書かれたとされるテプリッツも手紙が書かれた時には単なる保養地以上の意味を持っていたようです。さらに日記が書かれた日付と言うのが1812年です。当時はオーストリア秘密警察が、主に彼らの敵であるナポレオン陣営の動きを監視するために検閲を行っていました。
 それら情報を基に判断すると、これはベートーヴェンの仲間へと送った暗号文だということになるようです。ラブレターを装ったのは検閲逃れのためだったとか。この結論および送った相手の情報が本の最初に公開されてしまいます。そして残りの部分は、当時の政治経済状況を追いながらその仮説を裏付ける構成となっています。また、「不滅の恋人よ」と呼びかける相手は実在するものではなく、象徴的なとあるものを指すという推測もうなずけるものでした。

 1812年といえば、こちらでご紹介した動画にもあるように、ナポレオンのロシア遠征がありました。当時はナポレオンが大陸封鎖政策をとっていたのですが、ロシアはそれに従わなかったのですね。ちなみに、ベートーヴェンの仲間はナポレオンを支持していましたし、大陸封鎖政策によって莫大な利益を獲得していたようです。

 ベートーヴェンの印象というのは音楽一筋の芸術家で、浮世離れしていて、音楽以外の一般社会に対する興味はまったくなく、こちらにも書いたように非凡過ぎるために孤立していたとの印象を持っていましたが、実は政治にも積極的に参画し、考えが同じ仲間たちと積極的に交流していたという話は意外に感じました。

 ロシア遠征の結果はみなさんご存知の通り、ナポレオンの敗退により終了します。大陸封鎖も失敗に終わり、支配下においていた国々の独立を招きます。最終的にはナポレオンは追放されるのですが、ベートーヴェンに経済援助をしていたナポレオン派も多くは没落し、復活した守旧派により罰せられ、ベートーヴェンも経済的後ろ盾を失い、さらにウィーンで監視下に置かれてしまいます。経済援助もないわけで苦しい生活を送り、周りも敵ばかりで、この時期のベートーヴェンの印象から孤高の人との評価が出てきたのかも知れません。

 また、ナポレオンに関しては交響曲第3番のエピソードがあまりにも有名ですね。ナポレオンが皇帝に即位したのに対して抗議して「ナポレオンに捧ぐ」と書かれていたのをペンで消した、というものがありますが、それは後に守旧派によって作られた話だとのことでした。もちろん、どっちにしても証拠はいっさいないのですが(笑)

 そのような時期に書かれた「第九」は自由を高らかに歌うアジテーションだともされています。詳細は読んでいただくとして、単なるシンフォニーにしてはエネルギーがあるのは、鬱屈していた思いをぶつけたせいかも知れません。

 結論として、トンデモ本との期待は良い意味で裏切られた気がします。真実かどうかはわかりかねますが、少なくとも楽しませてくれる良書でした。どこまでが妄想でどこからが何らかの情報を基にした歴史的事実なのか判別しがたいのが問題ですが、この本は論文を新書にしたとあります。ひょっとしたら論文だときちんと個々の情報の記載された元の文献を引用する脚注がちゃんとあったりするんかも知れませんね。新書で一般向けにするために脚注外しちゃったんでしょうか?そうだとしたらもったいないですね。

 作者は、「第九」についてももっと深く掘り下げたものを書きたいと考えているようです。新たな新解釈が出てくるかも知れなく、楽しみです。


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