「有頂天家族」 by 森見登美彦 あるいは、「面白きことは良きことなり!」

 熱心なファンの方なら「ペンギン・ハイウェイ」まで読むべきですが、未だに「有頂天家族」です。小説などは基本文庫版で読みますから。単行本ってば置くのもかさばるし、通勤時に読むことが多いから文庫版の方が便利ですよね。
 あ、ちなみに「ペンギン・ハイウェイ」は始めて京都を離れたとか。。。それも楽しみです。早よ文庫にならんかなー。

 さて、「有頂天家族」です。以前には「きつねのはなし」もありましたが、これはたぬきのはなし(笑)たぬきだけでなく人と天狗も出てきます。
 舞台は例のごとく京都。
 いわく、「桓武天皇が王城の地を定めてより千二百年。今日、京都の街には百五十万の人間たちが暮らすという。
だが待て、しばし。
平家物語において、ミヤコ狭しと暴れ廻る武士や貴族や僧侶のうち、三分の一は狐であって、もう三分の一は狸である。残る三分の一は狸が一人二役で演じたそうだ。そうなると平家物語は人間のものではなく、我々の物語であると断じてよい・・・(略)」が狸の弁。
「人間は街に暮らし、狸は地を這い、天狗は天空を飛行する。
平安遷都この方続く、人間と狸と天狗の三つ巴。それがこの街の大きな車輪を廻している。
天狗は狸に説教を垂れ、狸は人間を化かし、人間は天狗を畏れ敬う。天狗は人間を拐わし、人間は狸を鍋にして、狸は天狗を罠にかける。
そうやってぐるぐる車輪は廻る。」

この小説自体もつまりはぐるぐる廻る車輪です。

 人間に化けた狸や天狗が街中をうろうろしているという光景は他の地方の方々なら首を傾げるかも知れませんが、京都を知る人ならば違和感なく受け入れられるでしょう。狸が化けているに違いないって人物を誰しも知ってるんじゃないですかね?(笑)僕の知っている下宿の大家は多分狸www

いつものどこぞの大学の腐れ大学生が主人公ではなく、狸が主人。公主人公の矢三郎は狸界の名門と言われた下鴨家の狸一家の三男。

家族構成は以下のような感じ。

総一郎:偉大なる父であり、狸界のリーダーである「偽右衛門」であったが、狸鍋にされてこの世を去った。「これも阿呆の血のしからしむるところだ」というのが口癖で子供たちが事件を起こすたびにそう言っていた。「阿呆の血」は子供たちにまんべんなく伝わっている。

母:タカラヅカ好きで「黒服の王子」(自ら命名)と呼ばれるタカラジェンヌばりの美青年に化けてビリヤード場に通うのが趣味。息子たちが立派な狸であると信じて疑わない肝っ玉母さんだが、雷が苦手。

そして偉大な父の偉大な血を受け継ぎそこねた、ちょっと残念な子供たち。

矢一郎:父の跡を継ぎ、次期偽右衛門の座を目指す長男。生真面目であるが土壇場に弱い。

矢二郎:次男。洛中一のやる気のない狸。父と共に酒を飲んで偽叡電に化けては夜の街を疾走していたが、父の死後、一家から離れ糺の森を去り、蛙になって洛中の六道珍皇寺の井戸に引きこもる。

矢三郎:三男。高杉晋作ばりのオモシロ主義者。化けることが得意で、いろんなものに姿を変える。

矢四朗:四男。狸なのに化けるのが下手で、何かあると尻尾を出す。携帯電話の充電ができるという特技を持つ。

下鴨家のライバルとして夷川家がいます。

夷川早雲
夷川家の頭領。 下鴨総一郎の弟で、矢三郎たちの叔父にあたる。意地の悪い性格で、下鴨家を目の敵にしている。偽電気ブランの卸元という立場を利用して狸界で幅をきかせている。偽右衛門の座を矢一郎と争っている。

金閣・銀閣
早雲の双子の息子で、本名を呉二郎・呉三郎という。親同様に意地が悪い。意味がわからないまま四字熟語の書かれた物を身につけ格好いいと思っている。

海星
早雲の娘で金閣・銀閣の妹。一時期矢三郎の許嫁であったが、総一郎の死後、早雲によって一方的に破棄された。矢三郎の前に姿を現そうとせず、いつも罵声を浴びせながらも何らかの形で矢三郎たちに力を貸す。いわゆるツンデレである。

天狗も、「新釈 走れメロス」の「山月記」に出てくるような無愛想なものではなく、愛嬌あふれる天狗です。

赤玉先生(如意ヶ嶽薬師坊):かつて如意ヶ嶽を治めていた大天狗だったが、 落ちぶれてしまい、 鞍馬天狗達に如意ヶ嶽を追われ、出町商店街裏のアパートで暮らしている。出町商店街という微妙な場所の設定が上手いです(笑)

人間としては、
弁天(鈴木聡美)
赤玉先生に一目惚れされ、琵琶湖湖畔から攫われて天狗の術を教え込まれた。最初は純粋な少女だったが、後に自由奔放に振る舞うようになった。「金曜倶楽部」のメンバーで、弁天という名は倶楽部に加入した時に授かった。

寿老人
毎年、年末に狸鍋を食らう「金曜倶楽部」のメンバーで、高利貸しをしている老人。「夜は短し歩けよ乙女」に登場する李白と同一人物らしい。

淀川長太郎(布袋)
「金曜倶楽部」のメンバーで、京大農学部教授。今出川通りの北側にはこんな感じの教授がたくさんおります(笑)狸をこよなく愛し、本人曰く「狸を食べることも愛」である。

とりあえずは代表的な人たちだけです。他にも魅力的な登場人物が出てきます。このような登場人物たちが京都の街を所狭しと駆け巡ります。

「四畳半神話体系」のアニメ版の脚本を担当したヨーロッパ企画の上田誠さんが「全編を通じて、面白い物語が満遍なく満ちており、そこには「核」など存在せず、あるひとつの方向に奉仕するように文章が整然と書かれていたりするわけでもなく、いうなれば森見先生の妄想の赴くままに、「物語の枝」が生き生きと縦横無尽に伸びている。」と書き、「答えを導き出そうとするのがそもそもの間違いで、解説するのはだからやめにする。ただ愉しめばいい。面白く読むほかに何もすべきことはない。」と解説を放棄しましたが(笑)、まさにそれくらいにあれやこれやがぎっちり詰まっています。

これに限らずこれまでの森見作品の文庫版の解説って解説になっていないのが多いですが(笑)、これもすべて上田さんのいうように、このディテールの圧倒的な面白さによって練り上げられて成り立つ世界を部分だけ取り出せないってことに起因するのでしょうかね。

一応、核的なものとして、父、総一郎の死と、その後釜となる偽右衛門の座を巡る下鴨家と夷川家の争いがあるのですが、核のようで核で無い(笑)むしろその枝的な部分があまりにキョーレツ過で印象深い。ディテールを飾る満艦飾の空飛ぶ乗り物で送り火、偽叡山電車、洛中のケンタッキーに出入りしている客のほぼ半分は狸に占められる事実、珈琲牛乳、「先刻御承知」、「タカラヅカに罹患」、「詭弁上等!」「我ら一族とその仲間たちに、ほどほどの栄光あれ。」などなど森見ワールド独特の魅力に満ち溢れています。「李白」老人、「偽電気ブラン」や「詭弁論部」、「赤玉ポートワイン」は「夜は短し歩けよ乙女」などでお馴染みのものたちも当然出てきます。

それらの色んな要素が入り混じり、森見さんお得意の万物の連関による世界形成によって壮大な「毛玉ファンタジー」を織りなします。表題の有頂天家族は下鴨一家の事を指しているようですが、その家族愛もいとおしい。そして、物語中のさまざまな伏線を紡ぎ併せつつ怒涛の勢いで突き進み大円団で終わる最終章の素晴らしさはまさに森見ワールドの真骨頂です。電車で読んでてあまりに面白くて降りる駅間違えました(笑)

いろいろありますが、「面白きことは良きことなり」。
この一言に尽きますね(笑)
それもみんな「阿呆の血のしからしむるところ」です。「阿呆の血」バンザイ!ビバ「阿呆の血」!
残念なことに世の中にはこの単純な真実もわからん毛玉風情にも劣る人もおるのですが(苦笑)

文庫で400ページを超える作品ではありますが、なんと三部作の第一部に過ぎないとのこと。
第二部は雑誌に連載中で、今は佳境に入っているらしいです。作者ブログによると、第二部は2011年中に出せることを祈るとのことだそうです。僕は小説は文庫でしか買わないので入手できるのはさらにそのまた先になるとは思いますが、続きが楽しみで仕方ありません。
伏線としてなのか、いくつかの残された謎もたくさんありましたね。。。
それらがこんがらがってどんな物語になって現れるのか楽しみです。

なんだか電気ブランを傾けつつ狸鍋を食べたくなったよ僕は。だって「食べちゃいたいくらい好き」なんだもの。。。


One Response to “「有頂天家族」 by 森見登美彦 あるいは、「面白きことは良きことなり!」”

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